2020年08月06日

ご飯を鍋で炊く、鍋炊飯の勧め

鍋炊飯、ダッチオーブンの勧め



目次




 【お米をちゃんと炊こうよ】

 「炊飯」という言葉は、 「お米を炊く」という意味の言葉です。

 「炊飯」というのは、ただお米を茹でるわけでも、蒸すというだけでもありません。
 「乾燥させたものを戻す」というものとも違います。
 お米を茹でて、ふかし、蒸し、蒸らすという、一連のことを総合的にする調理のこと、我が国の独特のお米の調理の方法です。

 意外と特殊な調理方法に入るかも知れません。
 中国でもインドネシアでも、お米はふかしたり蒸らすことの方が多いです。




 私は昔から、炊飯器の全自動の電気ジャーというもの、あの安直さが妙に嫌いでした。


 もともと、独身時代は何でも独りでできて当たり前と思っていました。
 だから色んなことに挑戦した。
 私の女子力は高かったww。

 しかし独身アパートの貧相なコンロなのに、わざわざ電子ジャーを持ちたくないというのはどうしても譲れませんでした。
 それからそのまま、電気釜をずっと忌み嫌い続け、長い間、万能のホーローの鍋で炊いていたのでした。

UNILLOY

 もともとあまり米は食べなかったのですが、それでも米はうまく炊けていた方でしょう。
 炊き立てのご飯に納豆と冷奴、親子丼やレトルトのカレー、それなりに美味しく食べていました。

 貧乏独身暮らしといえども、刺身なんかが手に入ればやはり美味しい炊き立てのご飯が欲しくなりますw。
 そうやって楽しくご飯を鍋で炊いたものです。


 上手く炊けるようになると、自分でご飯を炊くというのが自然と面白くなります。
 そうして私はだんだんと炊飯が好きになり、料理をするようになっていったのでした。

 炊飯というのは火を使います。
 独り身の若い頃、狭いアパートのしつらえのコンロでご飯が炊けるのを見ていると、その感覚はまるでキャンプや焚き火のようなものでした。

 人間は古代からとても火と仲良くしてきたのだ、そんな風にも思えます。


 もちろん、炊飯で失敗したこともたくさんありました。
 コゲつきやコビリつき、水を多くしてお粥みたいな状態になったり。

 そんな失敗もまた楽しく、「ご飯を自分で炊く」というのはとても有意義なことになっていったのです。


料理をもっと美味しくするドイツ製フライパン ruhru

【こだわる。安易な便利さを避ける】

 そうして長年、鍋で米を炊いていると、微妙な炊き上がりの時のムラとかオコゲとか、炊き上がりの違いにも敏感になってゆきました。
 炊飯の奥深さも分かるようになってゆきます。

 炊飯を工夫し、水加減や火加減を追求するようになってゆきました。
 一度火を止めてみたり、水を追加してみたり。

 おこげや、いわゆるご飯を炊くとできる「カニの穴」など、様々な自分なりのこだわりが出来ました。



★★★★★
 別に自分で料理をすることがライフスタイルだなんて思ってはいませんでした。
 ご飯を食べない人間はいません。

 火を使って食事を作る。
 炎を見ながら作る。
 熱さ冷たさを感じ、炊き上がりの食感を予想しながら自分で食べるご飯を自分で準備する。

 そこには生きてゆく底力というものを実感します。

RIZAP COOK



 カネを払ったっきりで人任せ。
 それは怠慢というものです。

 甘えれば人間はどこまでも堕落し、キリがない。

 安直さは流され易い人間を作る。

 だから簡単になっちゃいけない。
 決して便利というだけに流されてはいけない。
 そう私は自戒しました。

 若い頃にはそんな誘惑も色々とあるものです。



 目の前にあるものがインチキなものかどうか、紛い物かどうか。

 人任せならそれは分かりません。

 酒であれ料理であれ、米であれ、出来上がる過程を含めての本物、それを作ることを見届けることが大事なのだと思います。
 そうすることで必ず、毎回何かを掴めるのです。


 だから、私は安易さを拒否しました。

 そうしてそのうち、炊飯や料理なんて別になんでもないことになってゆきます。
 料理を作ることは面倒ではなくなってゆく。

 それが本当の意味で「効率を追求した」という結果です。

食材通信宅配


 何も炊飯に限らないことですが、何もできない人やしない人、能力のない人の逃げ道や言い訳というのが「便利さ」という言葉でしょう。

 そういう人は自分をアイディアマンと自負したりするものです。

 ホリエモン。
 彼は「料理なんて馬鹿らしい、金を払って家政婦を雇って料理を作らせればいい」と言いました。実に紛い物らしい。

 ポテサラ論争のタイ人。
 彼女たちは「日本人は苦労を尊いと思い込んでいる」と触れ回っています。嫉妬深い売春婦たち。


 これが便利じゃないか。こうしよう。これぞ解決策だとこの手の人々は声高に言うものですが、実は彼らは最後まで責任は取ったりはしません。
 何も成し遂げられない人。
 安直さに常に流されてきただけの人々でしかありません。

 言いっぱなし、放り投げるだけというなら子供でもできます。
 自分で果たせるかが大事です。


 そもそも、彼らは便利さや効率を追求したからそこに辿り着いたというわけではありません。
 自分の無能さからそこに逃げたというだけです。
 まるで違う。



 つまり、「料理を作る程度のこと、簡単なことを面倒だと避けていて、いつ面倒なことができるというのか」、ということですw。

 哀れにもそんな永遠に宿題をやりたがらない子供のような人というのはいるものです。


セラミカ

【美味しいを味わうための料理】

 ご飯を炊けば器を揃えます。

 美味しく食べようとすればすることは色々とあります。


 年齢とともに、我々は次第に食事をすることが大事なことになってゆくものです。

 それは生きるということをよく知るから。

 歳を重ねれば味わうべきものが次第に分かってくる。
 価値のある毎日を送りたいと思うようになる。



 私はご飯を炊くたび、道具としての炊飯鍋も専用のものが欲しいと強く思うようになってゆきました。
 「万能に使う鍋で米を炊くのは寂しい」、そう思うようになったからです。

 そう。
 寂しいのですw。

 痛んだら捨てるような感覚でモノは使えない。
 必ず自分も痛んだら捨てられることになる。


 それに、「とりあえず炊けた」ような感覚で炊き上がった米とは一期一会の関係ほどの間合いさえ保てない。
 「美味しい」という一瞬の悦びなどとても掴めるものではありません。

 そんな食事など味覚を失った状態と同じです。
 そんな残念な食事はいただきたくない。


 ほどなくして、私は多彩な鍋を色々と試すようになり、高いものにも手を出してゆきました。
 三層、五層、多層ステンレス、土鍋、南部鉄鍋。圧力鍋。




 まな板、包丁と調理環境も上等のものを選ぶようになってゆきました。
 今のまな板は大きな剪定をされた時の、桜の切り株から切り出したものです。ホオの木のものも手元にあります。包丁も気に入った本割込みのものw。


 そのうち、私にはキッチンがまるで第二の仕事場に思えてきました

 食事の支度も大事な仕事です。
 仕事の終わった気分転換に、また別な仕事を味わうように私はキッチンに立つようになりました。
 僅かの時間ですがとても楽しく、有意義な仕事です(笑)。



【玄米食から専用の炊飯鍋へ】

 その米を炊く鍋が、ある日とうとう落ち着きました。

 玄米を食べるようになって、玄米が美味しく炊ける方法を探していたのでした。
だし


 これだという炊き上がりを追求していました。


 玄米の炊飯は最初は難しく感じるものです。
 白米のように漫然と炊いていると硬く炊けてしまいます。

 それも悪くはありませんし、体に玄米のツブツブの感覚は楽しくて美味しいものです。

 玄米をよく噛むと米の味がわかります。


 上手に炊けた玄米は田圃にいた時の実りの味がします。

 風や雨、日照に晒されたことが感じられるしっかり感。

 やわらかく炊けば、お米らしい味が引き立ちます。

 自然のものを味わうことは自分が鍛えられます。
 添加物に騙されてしまう体というのは、結局はダマされ易い脳につながることかも知れません。


 玄米で食べてみると、お米というのはとても個性が強い穀物だと分かります。

 品種の違いやその土地の味さえ感じられます。


 そんな実りを味わうのならばと、私も芯の通ったやり方で炊きたくなってゆきました。
 それでとうとう、玄米炊飯用に鍋を買うことになったのでした。



【ダッチオーブンという選択】

 色々考えて私が出した結論、それがダッチオーブンでした。
 ダッチオーブンとは、キャンプでおなじみの鉄の鍋のことです。


 「ダッチ」とはオランダという意味ですが、「代用」とか「代替の」というような意味を含んだ英語の接頭詞として使われます。 

 イギリス人はそんな代用品というものによく「ダッチ」という言葉をつけます。「ダッチワイフ」「ダッチコーヒー」「ダッチアカウント」」「ダッチオークション」。
 ちょっと思いつくだけでも色々と挙げられます。

 だから、「ダッチオーブン」とは、「オーブンがなくてもまるでオーブンに入れたような調理が出来る鍋」というニュアンスです。 



 本来なら焚き火の中に放り込むような鍋、全身鉄の無骨な鍋です。
 鉄なので熱をよく蓄めてくれます。
 そしてなかなか鍋が冷めることはありません。

 これで鍋炊飯をするのです。

 胴体も蓋も、鍋全体を使って炊飯するようなものです。



 ダッチオーブンを買ってから、玄米の炊き上がりが劇的に変化しました。

 男らしく凛々しくて、随所に主張が米にある気がします。
 おろそかにできない、油断ができない、そんな実に毅然としたお米が炊けるようになりました。

 それでいてふっくらとした豊穣の味わい。優しさもどこかに感じます。



 炊飯をしている時に、鍋が火にかかっているのを見ていると、食事をエネルギー源などと一概に考えることはとても単純すぎて誤りであるように私には思えます。

 食事をエネルギー程度に考えるなら、食って排便をしてそれだけのこと。まるで猿や動物のようなものです。


 我々人間は、「精神を満たす食事」を食べねばいけない。
 火を見つめながら私はそんなことを考えます。


 私は玄米は産直で農家から手に入れて炊いています。
 減農薬や無農薬のものです。
 一晩、洗ってつけておけば余計なものは染み出すので分かります。

 農薬が水に溶けると、ごく少量でも泡のようになっています。
 もちろん農薬は水に溶けやすいですから浸水すればいいのは白米でも同じことです。
 よく浸水してよく洗い、キレイなお米を炊くといいのです。


 食べるたび噛むたびに涙がでるというぐらいに美味しいお米。
  日本の歴史はこうしてできてきたのだと心から実感します。 


 こういう格別の炊飯ができるようになって、私はお米も昔よりずっとよく食べるようになりました。
 できるだけ玄米を味わいたいから一汁三菜ぐらい。

 ゆっくりといただいています。
 おかげで体が引き締まりました。
 余分な贅肉はつきません。


 よく噛みしめて飯を食べます。
 これほどの幸せはないとつくづく感じる毎日です。



【ダッチオーブンでの炊飯は意外と簡単】

 ウチの炊飯鍋にしているダッチオーブンは、「ユニフレーム」というメーカーのものです。

 これまで土鍋とか圧力鍋とか、あるいは三層や四層構造のステンレス鍋とか、炊飯には色々な鍋を使って試行錯誤をしてきました。

 これからは玄米にしてもっと米を食べよう、そういうことになって、専用のものを買うことにした。
 それがこのダッチオーブンを買うキッカケでした。


 鍋なんてどれも同じだろう、確かにそうです。
 火加減や水加減、注意すればどんな鍋でも炊けないことはありません。



 しかしそうは言っても、この鍋のおかげで上手に出来る鍋炊飯が随分と簡単になったことは事実なのです。

 ダッチオーブンでの炊飯にしたおかげで、炊飯はこれまでよりずっと手がかからないものになりました。

 それが私が「辿り着いた」効率と能率です。
 これはホリエモンなどにはわからないことです。
 自分で掴んだ実感だからですw。


 ダッチオーブンを買ったのはもう随分前のことにはなりますが、いまだに鍋はピカピカです。
 なんだかいつも新しく買ったばかりのような気分で、毎回新鮮な気分で使っています。




 ダッチオーブンというのは基本は土鍋と一緒です。
 土鍋のように熱を蓄積してお米をゆっくりと炊き上げてゆきます。

 だから火の調節はあまり必要ありません。

 弱火の状態から鍋が温まり、鍋が熱を逃がさないので強火へと内部で段々と変わってゆきます。


 火を消してしまえばその後も強い保温力でまだまだ熱を逃がしません。
 そして自然に温度が下がってゆくとともに蒸らしになり、米炊飯のできあがりです。
 温度が下がるといっても、鍋を手で触ればまだとても熱い状態です。

 ここには自然の鉄の特性が生かされているのです。
 火加減に神経質になる必要もありません。弱火のままにしておけば美味しく炊けます。

 弱火で炊いて頃合いを見て火を止めるだけです。
 ダッチオーブンの特性から中では微妙な火加減がちゃんと自然に出来ているのです。


 玄米の炊飯に関しては、私は最後に「ビックリ炊き」というのをして仕上げています。
 炊き上がったと思ったら、鍋の周囲から水を回して米を鍋の中でひっくり返すようにに天地返しをします。

 玄米が低い温度の水にビックリして薄皮が剥けます。
 そうすると玄米がふっくらと白米のようになってくれます。
 玄米特有のツブツブ感はありません。



 ダッチオーブンというのは、蓋ごとオーブンに入れたり焚きなどで火にくべたりできるヘビーデューティな調理鍋です。
 キャンプが流行った頃にはダッチオーブンも大いに流行りました。
 鉄ですから熱をよくもたせてくれます。

 火を止めても長く鍋が温かいので、炊飯にはうってつけの、調度よい蒸らしができます。
  「ご飯を炊いている時は開けちゃダメ」なんて、よく言われたりしますが、ダッチオーブンでの鍋炊飯はそれほど炊き方が厳しくありません。


【ダッチオーブンも色々】
 ダッチオーブンとしては、他にストウプとかロッジ、ルクルーゼなど色々なブランドがあります。
 キャンプ用のダッチオーブンなら、コールマンやスノーピーク、キャプテンスタッグなんかで安いダッチが手に入ります。

 一時、一世を風靡したルク。ルクルーゼも、あれもダッチオーブンの一種と言えるでしょう。
 ルクの鍋は取っ手がプラみたいに見えますが、あれはそのまま蓋ごとオーブンに入れて調理できる材質のものです。
 キャセロールやココットと同じです。

 「焚き火にかけたりしない」という意味では、そこはダッチオーブンと一緒にできないかも知れませんがw。




 私の使っているユニフレームというメーカーのものは、鉄板をぐっとプレスして曲げて作った一体成型のもので、鋳物ではありません。
 たいていは鋳物ですが、ユニフレームはムクの鉄です。
 私はそこが気に入りました。


 鋳物のダッチは鋳物ですので、いきなり強冷に晒したり落したりすると割れることがあると言われています。
 その点、ウチのダッチオーブンはまるで心配がありません。
 まず割れることはないと思います。

 私にはぴったりだと思いました。
 もちろん、これは「一生モノ」の目線で買ったものです。大好きですwww。



【ウチのダッチオーブン】
 なかなか定価でモノを買うことはなかったのですが、こだわりが強い商品のためか、なかなか安いところが見つからず降参w。結局、定価に近い買い物となりました。


 当時は1万円を少し切るぐらい。せいぜいポイントが貰えたぐらいです。
 あちこちのキャンプ用品の店を中心に探し周りました。

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 私のユニフレームは8インチのもので、鍋の直径は21センチぐらいです。
 嫁と二人家族で一度に4合半ぐらいの玄米を炊いています。
 これを二人で三回に分けて食べています。


 もちろんダッチオーブンは鉄ですから重いです。

 しかしこのぐらい取りまわせないでどうするのかという感じw。

 重たいのは洗う時だけです。



【その他、鍋炊飯の色々】
 他にもご飯の炊き方というのは色々ありますが、圧力鍋でご飯を炊くというのはまだ時々やることがあります。

 特に圧力鍋で炊くのは赤飯か炊き込みご飯の時。
 少しだけ玄米を精米してから赤飯にします。


 圧力鍋だと、短時間でできるという一番の利点があります。
 赤飯の硬い豆もあっという間に柔らかく茹で上がります。そうしてお米と混ぜて炊き込みます。

 圧力鍋の火加減は感覚で調整は必要ですが、なにしろ炊飯時間が短くて済みます。


 しかし、どうしても圧力鍋での炊飯は、残りご飯が少し硬くなる感じはします。

 これは、圧をかけて炊いてしまうので、冷めるとご飯が収縮してしまうのが原因。
 それで硬くなるのだと思います。


 それが言ってみれば圧力鍋炊飯の欠点ではありますが、そこは逆に、赤飯らしくなってくれるというメリットになります。

 餅米を入れなくてもモチモチしたお赤飯になってくれます。
 赤飯を炊くのに圧力鍋は最適ですw。







 「炊き込みご飯」も場合によっては圧力鍋の方がいいかも知れません。
 下茹でとか下ごしらえをあまり考えなくても、材料をそのまま入れて炊けば圧力がかかってよくダシが出て美味しく出来上がります。

 圧力鍋はステンレス製ですから醤油や砂糖も遠慮なく入れられます。
 ここがポイントです。

 ホーロの鍋やダッチオーブンだと醤油や砂糖の成分がどうしても焦げ付きの原因になってしまいます。鍋を痛めてしまわないかどうしても心配です。
 出来上がった米は美味しいですが、こびり付いてしまうと掃除が大変です。



 ですから、ダッチオーブンで炊き込みご飯をする場合は、普通の手順で炊き込みご飯はあまりしません。

 いつものようにご飯が炊きあがったら最後に材料とさっと混ぜ、一緒に蒸らすことで炊き込みご飯としています。
 これは正確には混ぜご飯と呼ぶべきでしょうけれどw。

 もちろんユニフレームのような鉄のダッチならいくらこびりついても平気なのですがw。


 炊き込み式の欧州風のピラフを作るならそれもやはり圧力鍋でしょう。
 油も入れて具を炒め、そこにお米を入れて炊き上げます。パエリヤのようなピラフです。

 こびりついてもサッと取れるのがステンレスの圧力鍋の利点です。炒めたり味付けを遠慮なくできるところがメリットです。
 ステンレスの特性が活きると言えます。




【ダッチでその他の炊飯も】

 炊き込みご飯でも、私はダッチオーブンを使うことがあります。
 特に暑い夏など、よくカオマンガイを作ることがありますが、それはダッチオーブンで作っています。

 「カオマンガイ」とは、鶏肉の炊き込みご飯のようなものです。

 下茹でをした鶏肉から出た鶏の油を使って炊く玄米は実に美味しいものです。
 エスニックの味わいです。
 油で炊きますからこびり付きはほとんどありません。ダッチオーブンでも大丈夫です。


 それに、鶏肉から出た油が、ダッチオーブンをシーズニングしてくれると思ってしまうから敢えて使いたいというのがありますw。

 「シーズニング」というのは、鉄の鍋に油を馴染ませて、錆びないよう、こびりつかないようにケアすることを言います。
 よくシーズニングをした鍋やフライパンはこびりつきもなくとても使いやすいものです。

 いつも炊飯に使っていますので、たまには鉄に油を吸わせてあげたくなる。ほんの少しの鍋への愛情ですww。


 ダッチオーブンでカオマンガイを作る時は、わざとパラパラとした炊き上がりになるようにし、ビックリ炊きの仕上げはあまりしません。

 ご飯が残ればピラフに最適です。
 なかなか難しいチャーハンもパラりと仕上がってくれるご飯が出来上がります。




【ご飯が炊けてからのこと】

 特殊コーティングの効いた電子ジャーならともかく、鍋炊飯をするなら、最後に蒸らしをしないといけません。
 鍋にご飯が必ずこびり付くことになります。

 米を蒸らすことはお米の仕上としても大事です。なんにしても必須です。


 ちゃんと蒸らしてご飯を取り出せば、ダッチオーブンでも何でも、おこげがあってもちゃんと丸々綺麗に取れますし、ガリガリと鍋をこすらねばならないようなしつこい米の焦げ付きはありません。


 鍋で米炊飯をして、ガリガリこすらねばにせないほど鍋におこげがこびり付いてしまうというのは、火を止めた後、時間を置いて蒸らしをしてないからです。
 私も独身時代はよくそれで悩みました(笑)。


 炊飯というのは最後に必ず火を止めて蒸らすこと。暫く置いておく手順が必要なのです。

 そうすると、たとえおこげができていたとしても、焼いたケーキの底のようにキレイに鍋からはがれてくれます。



 ですから、この炊飯して蒸らした鍋からご飯を移す「お櫃(おひつ)」というものも是非使うべきです。





 いくら保温ができるとは言え、いつまでも温かい熱を持った金属の鍋や、それこそ電子ジャーに米が触れ続けているというのはよくありません。

 そうすると、いわば米がのぼせ上がってしまうことになります。
 お米の味は確実に変わってゆきます。

 せっかくの蒸らしが硬くなったり、「茹で過ぎた状態」になってしまいます。


 米が炊き上がったら、鍋から米をご飯櫃に移し、そこでよく混ぜてまた天地返しをする。
 最後の蒸らしです。
 そこまでが、お米を上手に炊くまでの流れだと言えます。


 もし不精をして電子ジャーをご飯櫃代わりにしていれば、お米はどんどん美味しくなくなってゆきます。
 ご飯の匂い同士が移りあってご飯が匂うようになります。

 炊き立てのうちは分からなくても、冷めてゆくとどんどん劣化してゆきます。

 炊きたてのご飯の美味しさが失われてゆきます。


 ヘタをすると、糊のような味さえ感じるようになります。
 しかしそれはお米が悪いせいではありません。


 もしご飯をお櫃に移すのが面倒だったり、いつも炊いたら量を余らせるというのでしたら、それならいっそのこと炊き立てのご飯はすぐに冷凍してしまった方がいいぐらいなのです。


 米は炊きあがった後が大事です。

 始末をつけ、ケジメをつけることの大切さがあります。





 さて、色々と書いてきましたがこのあたりで結びとしたいと思います。

 どうぞ、美味しいご飯をおいしく召し上がれ。

 火を見ながらの鍋炊飯で、心を満たすお食事を。
 私はダッチがお勧めです(笑)。


 いただきます(笑)。

posted by 買い猿 at 21:00| 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする